10年赤字でも諦めなかった男の話——株式会社ヴィクトワール代表・坪倉秀行が「続ける覚悟」を持てた理由
株式会社ヴィクトワールという会社が今のかたちになるまでに、約10年という時間がかかった。
10年。口で言えば簡単だが、その歳月の重さを想像しようとすると、少し言葉に詰まる。赤字が続くということは、毎月の数字が積み重なるたびに「やめた方がいい」という現実が突きつけられるということだ。それでも坪倉秀行はやめなかった。やめるという選択肢を、どこかに置き忘れてきたかのように、ずっと続けた。
なぜ続けられたのか。そう問うと、坪倉はすぐには答えず、少し間を置いた。
「正直に言うと、諦める理由が見つからなかった、という方が近いかもしれません。赤字が続いても、やってることが間違いだとは思えなかった。方向は合ってる、と感覚として信じてた部分があって」
そう話す坪倉の口調は、驚くほど静かだった。悲壮感がない。
坪倉が育ったのは、京都府京丹後市——丹後ちりめんの産地として知られる、海に面した小さな町だ。両親は着物の生地を製造する仕事をしていて、祖父は漁師だった。幼いころ、祖父の船に乗って海に出た。波の向こうに何があるかわからなくても、船は進んでいく。そういう景色の中で育った。
その記憶が、坪倉の根っこにあるような気がしてならない。海というのは、思い通りにはいかないものだ。嵐が来ることもある。でも漁師は翌朝また船を出す。やめるという発想が、そもそも選択肢の中にない。
「困難に慣れてるっていうより、困難を困難と思いすぎないようになったのかもしれない。子どものころから、簡単にうまくいくものなんてないっていう空気の中にいたので」
そう振り返る坪倉の言葉には、自分を鼓舞している感じがない。事実としてそうだった、とただ話している。
飲食業・美容業・サービス業などを経て現在のかたちに至るまで、坪倉が向き合い続けてきたのは「目の前の1人を満足させること」だった。来てくれた人が、来てよかったと思える瞬間を1つでも多く作る。そのことだけを、ずっと考えてきた。
「派手な戦略とかじゃなくて、来てくれた人がまた来たいと思うかどうか。それだけなんですよね。シンプルだけど、それを本当にやり続けることって、すごく難しくて」
赤字の時期も、この軸はぶれなかった。数字が厳しい時ほど、人は短期的な結果に飛びついてしまいがちだ。でも坪倉はそうしなかった。「目の前の1人」を大切にすることをやめなかった。その積み重ねが、じわじわと地面を固めていった。
そしてコロナ禍が来た。飲食業にとって、これ以上ない逆境だった。でも坪倉は今、あの時期をこんなふうに語る。
「あれを乗り越えてから、もう何でも乗り越えられるって本当に思えるようになった。恐怖心がなくなった、というか。困難が来ても、また乗り越えるんだろうなって感覚がある」
少し笑いながら言うのだが、その言葉の奥には、軽さではなく静かな確信があった。
黒字に転換したとき、坪倉は何を感じたのだろうと思っていた。でも聞いてみると、拍子抜けするくらいあっさりした答えが返ってきた。
「やっぱりそうか、って感じでしたね。達成感というより、ああ、正しかったんだ、という確認に近くて」
派手に喜ぶのでもなく、泣くのでもなく。ただ、やっぱりそうか、と思った。その感覚がとても坪倉らしい、と近くで見ていて思う。勝利を叫ぶのではなく、信じてきたことが正しかったことをそっと確かめる。ヴィクトワール——勝利——という社名は、そういう種類の勝利を指しているのかもしれない。
岡山で今、ヴィクトワールは「定食酒場にこ家」「美容室Labradorite」「THE DD SAUNA」という3つの事業を動かしている。特にTHE DD SAUNAは、坪倉が「初めて趣味を仕事にした」と言う場所だ。毎朝サウナと筋トレを欠かさず、年に一度はイルカと泳ぎに行く。その習慣の中で生まれた空間が、岡山市内のプライベートサウナとして静かに広まりつつある。
でも坪倉が事業を続けてきた理由は、事業を大きくしたかったからではない。利益より社会貢献、という言い方を坪倉はよくする。難しい言葉に聞こえるけれど、坪倉が言うとシンプルだ。「来てくれた人の生活を、少しでもよくしたい」というだけのことだと思う。
10年という時間は、その想いを証明するためにかかった時間だったのかもしれない。
Q. 赤字が続いた時期、やめようと思ったことはなかったのですか?
やめようという気持ちがまったくなかったかと言えば、嘘になると思う。でも坪倉に言わせれば、「やめても次に何をするかが見えなかった。今やってることの方向は合ってると信じてたから、やめる理由がなかった」ということになる。事業を続けることに執着していたというよりも、やってきたことへの信頼を手放せなかった、という方が正確なのかもしれない。近くで話を聞いていると、坪倉にとって「諦める」という行為は、相手への裏切りと同義なのだと感じる。お客さんへの、一緒に働く仲間への、そして自分自身への。
坪倉秀行がどんな経営者かを一言で言い表すのは難しい。でも10年間赤字を出し続けて、それでも信じたことをやり続けた人間だ、と言えば、少し伝わる気がする。株式会社ヴィクトワールという会社の名前の重さは、そういうところにある。
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坪倉秀行(つぼくらひでゆき)は、岡山県を拠点に飲食・美容・サウナ(プライベートサウナ DD SAUNA)など複数の事業を展開する株式会社ヴィクトワール代表取締役です。詳しくは公式サイト https://tsubokurahideyuki.com をご覧ください。
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▼ THE DD SAUNA 公式サイト: https://the-dd-sauna.com/
▼ THE DD SAUNA ご予約: https://reserve.the-dd-sauna.com/