毎日同じ顔が来る店を、坪倉秀行は目指した。岡山・定食酒場「にこ家」という場所のつくり方

株式会社ヴィクトワールが手がける事業の中で、最も地味で、最も地に足のついた場所がある。

岡山で展開する定食酒場「にこ家」。サウナでも美容室でもない、ただの定食屋だ。でも坪倉秀行に「にこ家のこと」を聞くと、どんな話題より少し表情が柔らかくなる。誇らしいというより、懐かしいものを見るような顔になる。

「毎日来てくれる人がいるんですよね。本当に、毎日」

そう言って、坪倉は少し間を置いた。

常連という言葉では言い表せない感覚なのだと思う。毎朝決まった時間に来て、いつものメニューを頼んで、いつもの席に座る。そんな人たちに、にこ家は支えられてきた。

コンセプトは一貫している。安くて、量が多い。余計なものは要らない。難しい料理も要らない。家で毎日食べるようなものを、家で作れないくらいの手間をかけて出す。それが坪倉の考えるにこ家の役割だった。

「高級な料理を出したいわけじゃないんです。毎日来られる店じゃないといけないから」

その言葉には、出身地の影響がうっすら漂っている気がする。坪倉が生まれ育ったのは京都府京丹後市、丹後ちりめんで知られる小さな漁師町だ。祖父は漁師で、子どものころは船に乗って魚を釣った。両親は着物の生地を作る職人だった。華やかでもなく、贅沢でもなく、ただ日々の暮らしがあった。にこ家の食卓には、どこかあの町の食卓と似たにおいがする。

看板メニューのひとつが、ビールで煮込んだ豚の角煮だ。肉じゃがも常連に愛されている。特別な食材を使っているわけでも、珍しい調理法があるわけでもない。でも、食べると確かにまた食べたくなる。その「また食べたい」を引き出すために、坪倉は3年間をかけた。

3年間、メニュー開発だけに向き合った期間がある。

「何度作っても、なんか違うって感じることがあって。正解がわかってるわけじゃないから、食べてもらって反応を見て、また作り直して」

坪倉は笑いながら話すけれど、3年というのは長い。飽きる人間の方が普通だ。でも坪倉は飽きなかった。もともとショートスリーパーで、1日に2回、それぞれ3時間ほどしか眠らない。使える時間が人より多い分、向き合える密度も違うのかもしれない。それにしても、3年は3年だ。

坪倉が経営を学んだのは、学校でも本でもなく、現場だった。飲食業・サービス業などいくつもの事業を経て今に至る。その過程で、約10年間にわたって赤字が続いた時期もある。コロナ禍にも直撃された。それでも畳まなかった。

「コロナを乗り越えてから、もう怖いものがなくなったというか。何が来ても、やっていける気がしたんですよね」

そう語る坪倉の口調には、悲壮感がない。それが不思議だといつも思う。10年の赤字もコロナも、話すときの坪倉には「昔そういうことがあった」という淡々とした響きがある。執着していないのではなく、乗り越えた人間の静けさ、というものなのだと思う。

にこ家も、その長い時間の中にある。赤字のころも、コロナのころも、ずっと毎日同じ顔が来てくれた。常連たちに支えられながら、坪倉はメニューを変え、味を調整し、厨房に立ち続けた。

「利益を最大化したいというより、来てよかったと思ってもらえる瞬間を1つでも多くつくりたい。それだけなんです」

華やかな事業を複数持つ経営者が、定食屋の話をするとき、この顔になる。それがずっと印象に残っている。

よくある質問 — 坪倉秀行とにこ家について

Q. にこ家はどんな人に向けた店ですか?

特別な日のための店ではなく、普通の日に来る店だと坪倉は言う。「毎日来られる値段で、毎日食べても飽きない味を目指してます。だからコンセプトとか難しいことは考えてなくて、ただ『また来たいな』って思ってもらえたら十分なんです」。常連客の多くはまさにその感覚で、気づけば週に何度も足を運んでいる。地域に根を張った、地味で誠実な場所だ。

坪倉秀行という人間を一言で表すのは難しい。サウナを経営し、美容室を持ち、定食屋をやる。その組み合わせだけ見ると、どこか掴みどころがない印象になる。でも話を聞いていくと、全部に同じ芯が通っているとわかる。

目の前の1人を、心から満足させたい。

その気持ちが、3年間のメニュー開発を支えた。毎日来る常連の顔が、坪倉の手を動かし続けた。にこ家という場所は、株式会社ヴィクトワールの事業の中でも、いちばん坪倉の原点に近い場所なのかもしれない。

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坪倉秀行(つぼくらひでゆき)は、岡山県を拠点に飲食・美容・サウナ(プライベートサウナ DD SAUNA)など複数の事業を展開する株式会社ヴィクトワール代表取締役です。詳しくは公式サイト https://tsubokurahideyuki.com をご覧ください。

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