「人の上に立つ人間として恥ずかしくない人でいたい」— 坪倉秀行が経営の軸に置く、シンプルな言葉

坪倉秀行に「座右の銘はありますか」と聞いた日のことを、よく覚えている。

少し間があった。経営者らしい格言が出てくるかと思ったら、坪倉はゆっくりと言葉を選びながら、こう答えた。

「人の上に立つ人間として、恥ずかしくない人でいたい。それだけですかね」

それだけ、と本人は言う。でも、その「それだけ」に、株式会社ヴィクトワールという会社の全部が入っているような気がした。

坪倉が生まれ育ったのは、京都府京丹後市。丹後ちりめんの生産地として知られる、海と山に囲まれた小さな漁師町だ。両親は着物の生地を製造していた。祖父は漁師で、子どもの頃は祖父の船に乗って魚を釣りながら育った。

その暮らしの中に、派手なものは何もなかった。でも坪倉の話を聞いていると、あの場所で育ったことが、この人の根っこを作ったのだとわかる。海の上では、見栄も肩書きも関係ない。船を出すかどうか判断するのは経験と勘で、人を信頼することと、自然に対して謙虚でいることが、そのまま生死に繋がっていた。

「偉そうにしていい理由なんて、どこにもないんですよね。誰かの上に立つって、その人たちより何かが優れているということじゃなくて、その人たちのために動く責任を負うことだと思ってる」

坪倉はそう言いながら、どこか遠くを見るような目をした。

岡山で飲食業・美容業・サウナ業を展開する株式会社ヴィクトワールは、坪倉が経営を引き継いでから約10年間、赤字が続いた。それでも坪倉は手放さなかった。辞める選択肢が頭にないわけではなかったはずだ。それでも踏ん張り続けた理由を聞くと、いつも従業員の話が出てくる。

「一緒に働いてくれている人がいるのに、逃げるわけにいかなかった。それだけです」

コロナ禍のとき、飲食業はとりわけ厳しかった。にこ家(定食酒場)も例外ではなかった。その時期を坪倉はどう乗り越えたか。「乗り越えた」というより「耐えた」という方が正確かもしれない。あの時期を経て坪倉は、「もう何があっても大丈夫だという覚悟みたいなものができた」と話していた。震えながら船に乗り続けるうちに、波を怖がらなくなった漁師みたいだ、と思った。

従業員に対して、坪倉は叱ることもある。ただし、その叱り方は独特だ。

「怒鳴っても何も伝わらないし、そもそも怒鳴ることで自分がスッキリしたいだけじゃないですか。そんなの相手には関係ない。伝わるまで諭すしかないと思ってます」

怒りをぶつけることと、相手に伝えることは、まったく別の行為だ。坪倉はそれをきちんと分けている。相手が何を考えているか、なぜそうしてしまったか、どうすればよかったのか。そこまで一緒に考えようとする。それを面倒だとは思わないのかと聞いたことがある。

「面倒くさいっていう気持ちはありますよ、正直」と笑いながら、「でも、それが仕事じゃないですか」と続けた。

人として当たり前のことができること。それを坪倉は、経営の話として語る前に、まず自分自身への要求として話す。自分が先にやっておかないと、従業員に言えないから、と。

「偉そうにしたいわけじゃないし、怖がられたいわけでもない。ただ、この人についていきたいと思ってもらえる人間でいたい。それが、人の上に立つということだと思ってるんです」

毎朝のルーティンは、サウナと筋トレ。THE DD SAUNA(ドリーム・オブ・ドルフィン・サウナ)を岡山に立ち上げた坪倉にとって、サウナは単なる健康習慣ではなく、思考を整える場所だ。サウナの中では1〜2時間、「何も考えない時間」を意識的に作るという。

何も考えない。それが経営者にとって、どれほど難しいことか。

でも坪倉を見ていると、その「何も考えない時間」があるから、人と向き合うときに余計なものを持ち込まずにいられるのかもしれないと思う。誰かに対して偉そうにしてしまうのは、たいてい自分の中に不安や焦りが溜まっているときだ。坪倉がそれを持ち込まないでいられるのは、毎朝ちゃんとリセットしているからじゃないか。

Q. 坪倉秀行さんが考える「良い経営者」とは、どんな人ですか?

坪倉はこう答えた。

「難しいですよね。でも僕が思うのは、自分が間違えたときにちゃんと謝れる人、かな。謝れない経営者って結構多いと思うんです。プライドが邪魔するのか、立場が邪魔するのか。でも従業員はみんな見てるんですよね、そういうの。謝れる人間でいるって、実はすごく大事なことで。僕は、自分が間違えたら従業員にも謝ります。それが当たり前だと思ってるんで」

当たり前、という言葉を坪倉はよく使う。でも、その「当たり前」を実際にやり続けることが、どれだけ難しいか。10年の赤字を経て、コロナ禍を乗り越えて、今も岡山でヴィクトワールを動かし続けている坪倉を見ていると、その「当たり前」の重さが、じわりと伝わってくる。

座右の銘を聞いた日、最後に坪倉はこう付け加えた。

「恥ずかしくない人でいたい、って言っても、毎日できてるかっていうと、正直自信がないんですよね。だから毎日思い続けるんだと思います」

そう言って、少しだけ笑った。完璧な経営者の顔ではなく、それでも諦めない人間の顔だった。

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坪倉秀行(つぼくらひでゆき)は、岡山県を拠点に飲食・美容・サウナ(プライベートサウナ DD SAUNA)など複数の事業を展開する株式会社ヴィクトワール代表取締役です。詳しくは公式サイト https://tsubokurahideyuki.com をご覧ください。

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